デニーロパパは息子以上にワイルドだった

"De Niro: A Biography"の著者、ジョン・バクスターによると、ロバート・デニーロの父、ロバート・デニーロ.Srはデニーロの母と結婚していた数ヶ月以外は、生涯ホモセクシャルだった。彼の最初のゲイ体験はロードアイランドで絵の勉強をしていた1941年のことだった。"ロバート・スタック似のいい男だったデニーロ(Sr)は男からも女からももてた。彼の最初のゲイ体験はおそらくテネシー・ウィリアムスと(ウィリアムスの恋人の)キップ・キアナンだった。彼の最初の愛人の中にはシドニー・ポラックもいたかもしれない。" デニーロSrは1993年に亡くなっている。また、この本の中にはデニーロ(Jr)がホイットニー・ヒューストンに執着して盛んにアタックしていたことが詳しく書かれている。彼は彼女に花束やダイアモンドのイヤリングをつけたテディベアなどのプレゼントを贈ったが、ホイットニーの両親は「白人で彼女の倍も年をとっている男はやめておけ」と反対し、レコード会社のエグゼクティブのクライブ・デイビスも「そのような関係は若い黒人歌手にとっては自殺行為だ」と助言した。http://www.nypost.com/seven/03252004/gossip/pagesix.htm

ボビー・デニーロの方がボビー・ブラウンよりはずっとましだったと思うんですが。